つづねの森 ゲストハウス・ドミトリー

 

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長野県東筑摩郡麻績村麻3567

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つづねの森コラム

柳原白蓮

この地は5世紀頃、渡来人が伝えた麻を栽培し麻布にして朝廷に納めていたそうで、正倉院にその布が残っているそうです。それでこの麻績(オミ)という地名になったようです。

 

 私たちの祖先は、15世紀頃、朝廷からこの地に派遣された役人だったようですが、任期を終えても京都に帰ることなく、この地に留まり住みついたそうです。いわゆる「宮仕え」が嫌だったようですが、なにかこの麻績村に魅力を感じたのでしょうか。

ちなみにあの「柳原白蓮」さんと同じ祖先になるのかもしれません。

 こうして長く続いた家ですが、戦国時代は武田と上杉の川中島の戦いに何度も巻き込まれ、ひどいめにあっています。特に武田信玄は諏訪氏を滅ぼして、その娘を愛人にして勝頼を産ませましたがその姫の母方の里であったのです。

面白い習わしを一つご紹介します。このあたりではお正月にオモチを食べないことの言い伝えがあります。武田信玄が川中島の戦いに向かう途中、このあたりの谷に陣を構えていたところ、将兵たちに腹痛が大流行したことがあったようです。そのせいで軍全体が戦意喪失しかけていました。そこで信玄は、四阿屋権現に「この腹痛を治してくれたら、正月に餅を食べない」という誓いをかけたところ、たちどころに腹痛が治まり、みな揚々と川中島に出陣することができたとのことです。そのため、この谷の人たちは、今でも正月3が日にはオモチを食べない風習がまだ残っています。

 この村の東側に見える姥捨山、正名は冠着山を超えると眼下に「田毎の月」を映す田んぼ、その向こうには千曲川が一望できます。真田氏の上田城もすぐそこです。

 このように歴史的にみても面白い土地です。この地に育った私は、子供のころは何もないつまらない所だと思っていましたが、大人になって、とても豊かな素晴らしい場所だということに気が付き、Uターンして民宿を開業することにしました

麻績村

私はここに暮らしていた子供の頃から虫が大好きで、高校時代は昆虫研究の活動をしていました。

2016年、40年ぶりに都会から麻績村に戻ってきのたですが、チョウやトンボがたくさん飛んでいてとても嬉しかったのです。

この村には、天然記念物のオオムラサキが各所で確認されています。蛍もちらほら散見されています。そのほかにもいろんな昆虫が豊富にいます。チョウチョはもちろんのこと、トンボ、コガネムシ、バッタ、クワガタ虫、カミキリムシなどなど・・・わたしが一番好きなのはトンボです。

引っ越してきた時期に、ちょうど村に派遣されていた、これまた昆虫好きの青年と、ご縁あって村の昆虫図鑑をつくることになり、そこから昔の情熱がまた蘇りました。

「麻績村の自然を愛する会」を立ち上げ、「麻績村の昆虫図鑑」を発刊、また定期的に子供たちと昆虫採集の日を開催したりして活動しています。今後もずっと続けていきたいと思っています。

昆虫あれこれ